2012/11/06 (火)

信州のりんご園

信州とくれば当然りんご!!
美味しい信濃スイーツは堪能。月初めに箕輪で10キロ求めましたが毎日食べたのでもう家にはありません!!

次のフジが出るまで、私宅は端境期。我慢していましたら松本の果樹園で「ぐんま名月」を分けていただきましたよ。
王林によく似ています。美味しい事!甘いこと!りんごで私は元気で〜〜す。
写真:(ひんやりした空気の下でたわわなりんごが!)

黒部へ

松本の荒井様ご夫妻が、黒部へ車を走らせてくださいました。
この地へ長年思いを募らせていたのは映画の「黒部の太陽」でもなく、トロッコ列車でもなく、当時そこへ、凄まじい迄の日本の復興・発展に命を賭けていた姿が形となった場所。
1度大自然の中のあのダムを見てみたい!

松本から車を走らせると次第に季節が晩秋を飛び越し、初冬への空模様。バスでダム入り口へ降りると私の口から出た第一声。
「わあ〜〜、中国三峡ダムのような景色!」

岩肌を思わせるような山肌の山水景色。薄っすらと雪がかかっていたようです。放水の圧巻は時期的に見れませんでしたが、全身が震え、萎縮する錯覚すら覚えるのはさすが黒部の威容さにほかなりません・・・。入り口の慰霊碑に合掌・・・。
写真:(黒部へ向かう途中の最後の紅葉)

松本へ

翌日箕輪の皆さんと別れて、松本へ向かいました。
2003年松本公演をしましたので私は「温故知新の旅」と心中思っていました。

誘ってくださった奥村さんの知人宅へ向かう前に今年3月浅草公演を観劇下さった趙菲さん(福建省出身)と再会をしました。彼女は現在この4月から信州大学経済学部で学んでいます。

授業が終了次第、自転車を飛ばして駆けつけてくれました。その手がかじかんでいたのが忘れられません。
彼女は大学でのスピーチコンテストで「帰ってきたおばあさん」を観て、と題して出場した位、完璧な日本語、そして日本人の私たちが考えさせられるような見事な今を生きる「若者の平和観・見識」の持ち主です。

コンテストでは最後に「日本は戦争を放棄したからいいと思っているかもしれない。でも世界ではまだ戦争をしている。戦争はしてはいけない。だから忘れてはならないと思う」と結んでいました。

こんな若者が日中間で互いに話し合いが出来る時代が来る!!そう信じたい私との数時間の「民間交流」でした。
  写真:(趙菲さんと)




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